以下は会報(NO.2)の一部を再編集したものです。
| ペンリレー 有峰と電源開発の歴史 今泉 隆雄 |
| 有峰の電源開発 昔、有峰村は35〜36戸の村で明治22(1889)年、大山町に合併されました。大正9(1920)年、発電所建設のため富山県は有峰の山林1万3千町歩(128,700Ku)を買い上げ(当時12戸)、全村が県所有地になり、村民は神岡、富山、大沢野、大庄へと山を下りました。 大正9年7月から有峰ダム建設の測量が始まりました。昭和9年7月の大洪水を契機として、現在の地点に「洪水調節と発電」のダムを築造することになり昭和12年に工事が着手されました。昭和17年6月、電力国家管理のため設立された日本発送電へ工事が引き継がれましたがダム工事が34%進展した昭和18年9月、戦争の拡大による人員、資材不足のため工事は全面中止となりました。 戦後の昭和26年5月1日に電力再編成により現在の北陸電力が誕生し、この計画を引き継ぎました。北陸電力は計画を全面的に見直し、昭和30年9月から一部工事を再開しました。ところが、神通川水系から跡津川への流域変更が伴うこの計画では、利権を持つ神岡鉱山、常東、常西土地改良区との了解が困難となり、再度計画を全面的に見直し、昭和32年12月、現在の計画にまとまりました。この計画は、有峰ダム(高さ140m、長さ500m、有効貯水量2億500万Luの全国有数の貯水ダム)と7発電所(計26万7,600KW)を建設するものとなりました。 昭和34年6月、一部発電を開始し、昭和35年12月、最後の折立発電所が完成。これで5年の歳月と近代技術の粋を集めた世紀の大工事か完了しました。また、昭和52年1月に電力需要の増大で有峰再開発がおこなわれて3発電所(40万Kw)が昭和56年7月に建設されました。 有峰の水資源 有峰ダムに貯水された水は、発電に利用したあと常東、常西用水として、そして富山市の上水道(全量)として利用され、水不足を来すことなく安定した供給がなされています。 県立白然公園に 現在有峰は、自然風景を県民の保健、休養などに利用するため、昭和39(1964)年7月「有峰青少年の家」とキャンプ場が開設され、そして昭和48(1973)年3月有峰地区が県立自然公園に指定されています。また、森林資源の生産増加と国土保全、水源涵養、国民の憩いの場として森林を活用する目的で大規模林道、高山〜大山線(高山市〜大山町、延長88.4Km、全線2車線、7m幅)の工事が鋭意完成に向けて進められています。 |
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